犯人の人数が多くて

 この踏台に代るようなものが室内にあるかと見廻したが、低い椅子の外に何にも見当らなかった。しかも今台につかっている丸卓子のほかはなんにも動かさなかったというのだから、ますます不思議である。 では犯人の人数が多くて、軽業《かるわざ》でもやるように肩車をして、総一郎を吊りあげたろうかと考えるのに、これもちと可笑《おか》しい。それはこの室の扉から出入した者は多分無かったろうと思われるし――多分というわけは、金魚鉢が二階から降ってきたときに、この扉の前を警備していた警官が、ついそちらへ見に行って、一時扉の前を守る者がいなかったことがある。但しそれは警官の自白によって、僅か一、二分の間だったという。その間だけはハッキリ分らないが、その外の時間に於ては、この扉は被害者総一郎が内側から錠を下ろしたままで、誰も出入しなかったといえる。では外にこの部屋への入口はあるかというのに、人間の通れそうなところは只の一個所もない。それは被害者総一郎が「蠅男」の忍びこんでくるのを懼《おそ》れて、入口以外の扉も窓もすっかり釘づけにして入れなくしてしまったからだ。 ただ一つ帆村は変なものを発見していた。それは天井の方から紙を貼りつけて穴をふさいであった。しかるに事件後には、その穴がポッカリと四角形に明いていたのであった。紙はなにか鋭利な刃物でもって、穴の形なりに三方を切り裂かれ、一方の縁でもってダラリと天井から下っていた。これは一体何を意味するのであろうか。 その穴は一升|桝《ます》ぐらいの四角い穴だったから、そこから普通の人間は出入することは出来ない。小さい猿なら入れぬこともなかったが、よしや猿が入ってきたとしても、猿がよく被害者総一郎の頭に鋭い兇器をつきこんだり、それから二間も上にある綱を結んで体重二十貫に近い彼を吊り下げることができるであろうか。これはいずれも全く出来ない相談である。猿が入ってきても何にもならない。 どうやら、これは入口のない部屋の殺人ということになる。しかも犯人は総一郎を高さが二尺あまりの卓子にのぼって吊り下げ、床上二間のところに綱の結び目を作ったとすれば、腕が頭の上に二尺ちかく伸びたと考えたにしても、その犯人の背丈は、二間すなわち十二尺から四尺を引いてまず八尺の身長をもっていると見なければならない。変な話であるが、勘定からはどうしてもそうなるのである。しかもこの八尺の怪物が入口から這入《はい》ってきたのでないとすると、まるで煙のようにこの部屋に忍びこんだということになる。 このとき、どうしても気になるのは、貼りつけてあった紙を切りとって、一升桝ぐらいの四角な穴を明けていったらしい犯人の思惑だった。この穴からどうしたというのだろう。もし八尺の怪人間がいたとしたら、このような小さい穴からは、彼の腕一本が通るにしても、彼の脚は腿のところで閊《つか》えてしまって、とても股のところまでは通るまい。「――これは考えれば考えるほど、容易ならぬ事件だぞ」

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