騒がしい諍《いさか》い

 そのとき室の入口に、なにか騒がしい諍《いさか》いが始まった。 踏台の上にいた検事はヨロヨロとした腰付で入口を見たが、ひと目で事情を悟った。「オイ帆村君。被害者の令嬢がこの惨劇を感づいて入りたがっているようだ。君ひとつ、いい具合に扱ってくれないか。むろんここへ近付いてもかまわないが、その辺よろしくネ」 帆村は検事の頼みによって、入口のところへ出ていった。警官が半狂乱の糸子を室内に入れまいとして骨を折っている。 帆村はそれをやんわりと受取って、彼女の自制を求めた。糸子はすこし気を取直したように見えたが、こんどは帆村の胸にすがりつき、「――たった一人の親の大事だすやないか。私《うち》は心配やよって、さっきから入口の前をひとりで見張ってたくらいや。警官隊もとんとあきまへんわ。警戒の場所を離れたりして、だらしがおまへんわ。そんなことやさかい、私のたった一人の親が殺されてしもうたんやしい。もう何云うても、こうなったら取りかえしがつかへんけれど――そないにして置いて、私がお父つぁんのところへ行こうと思うたら、行かさん云やはるのは、なんがなんでもあんまりやおまへんか」 と、ヒイヒイいって泣き叫ぶのだった。 それを聞いていると、糸子が父の死を既《すで》に察していることがよく分った。帆村は糸子に心からなる同情の言葉をかけて、気が落ついたら、自分と一緒に室内へ入ってお父さまの最期《さいご》を見られてはどうかと薦《すす》めた。誠意ある帆村の言葉が通じたのか、糸子は次第に落つきを回復していった。 それでも父の書斎に一歩踏み入れて、そこに天井からダラリと下っている父親の浅ましい最期の姿を見ると、糸子はまた新たなる愕きと歎きとに引きつけそうになった。もしも帆村が一段と声を励まして気を引立ててやらなかったら、繊弱《かよわ》いこの一人娘は本当に気が変になってしまったかもしれない。「おおお父《とっ》つぁん。な、なんでこのような姿になってやったん」

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