尋常な殺人法ではない

「うん、とにかくこれは尋常な殺人法ではない」 検事と署長は、踏台の上で顔を見合わせた。「ねえ、検事さん。一体この被害者は、頸を締められたのが先だっしゃろか、それとも鋭器を突込んだ方が先だっしゃろか」「それは正木君、もちろん鋭器による刺殺の方が先だよ。何故って、まず出血の量が多いことを見ても、これは頸部を締めない先の傷だということが分るし、それから――」 といって、検事は屍体の頸の後に乱れている血痕を指し、「――綱の下にある血痕がこんな遠くまでついているし、しかも血痕の上に綱の当った跡がついているところを見ても、綱は後から頸部に懸けたことになる。だからこれは――」 検事はそこで云いかけた言葉を切って、ギロリと目を光らせた。「何だす、検事さん。何かおましたか」「うむ、正木君。さっきからどうも変なことがあるんだ。血痕の上に触った綱に二種あるんだ。つまり綱の跡にしても、これとこれとは違っている。だから二種類の綱を使ったことになるんだが、現在屍体の頸に懸っているのは一本きりだ」 そういって検事は不思議そうに室内を見廻した。 血によって印刷された綱の跡――このような一見つまらないものを見|遁《の》がさなかったのは、さすがに名検事の誉《ほまれ》高き村松氏であった。それこそ恐るべき「蠅男」の正体を語る一つの重大な鍵であったとは、後になって思いだされたことだった。

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