新療法の医者

「主治医や云うてます。なんでも宝塚に医院を開いとる新療法の医者やいうことだす。さっき邸を出てゆっきよったが、どうも好かん面《かお》や」 と、署長は、白面《はくめん》無髯《むぜん》に、金縁眼鏡をかけているというだけの、至って特徴のない好男子の池谷与之助の顔に心の中で唾をはいていた。「なんだ、怪しいというのは、たったそれだけのことかネ」「いいえいな、まだまだ怪しいことがおますわ。さっきもナ、――」 と云いかけた途端であった。 突然、二階へ通ずる奥の階段をドンドンドンと荒々しく踏みならして駈け下りてくる者があった。それに続いてガラガラガラッとなにか物の壊れる音! 男女いずれとも分らぬ魂消《たまき》るような悲鳴が、その後に鋭く起った。 素破《すわ》、なにごとか、事件が起ったらしい。「や、やられたッ。助けてえ――死んでしまうがなア――」 と、これは紛《まぎ》れもない男の声。 警官たちはハッと顔色をかえた。そして反射的に、その叫び声のする方へ駈けだした。「こらこら、神妙にせんか。――」 騒動の階段の下から、襟がみを引捕えられて、猫のように吊しあげられたのは一人の男と女。「どうしたどうした」「どちらが蠅男や」「蠅女も居るがナ」「あまりパッとせん蠅男やな」 そんな囁きが、周囲から洩れた。 正木署長は前へ進み出で、「コラ、お前は見たような顔やな」 と男の方にいった。

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