探偵眼

「だが検事さん。あのドクトル邸は、ドクトル一人しかいなかったと仰有っていますが、事件前後に、若い女があの邸内にいたことを御存じですか」「ナニ若い女が居た――若い女が居たというのかネ。それは君、本当か。――」 村松検事は、冗談でない顔付になって、帆村の顔を穴の明くほど見つめた。

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 そこで帆村は、屍体発見当日、手洗所の鏡の前に、フランス製の白粉《おしろい》が滾《こぼ》れていたことなどを検事のために話して聞かせた。「そうかい、そういう若い女が、この陰鬱《いんうつ》な邸内にいたとは愕いたネ」 と、村松検事は、首をうなだれてやや考えていたが、やがて首をムックリ起すと、可笑《おか》しそうにクスクス笑いだした。「なにがそんなに可笑しいのです」「だって君、脅迫状の主は、蠅男だよ。いいかネ。蠅男であって、あくまで蠅女ではないんだよ。若い女がいてもいい。これがドクトル殺しの犯人だとは思えないさ」「でも検事さん。さっき仰有《おっしゃ》ったように、この蠅男なる人物は、偽《いつわ》りの旅行中の看板をかけるような悧巧《りこう》な人間なんですよ。女だから蠅男でないとは云い切らぬ方がよくはありませんか。それよりも、早くそのフランス製の白粉の女を探しだして、それが蠅男ではないという証明をする方が近道ですよ」「ウム、なるほど、なるほど」 検事は、孫の話を聴く祖父のように、無邪気に首を大きく振って肯いた。

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