疑問の屍体

   疑問の屍体

 その奇怪なる蠅男の署名《サイン》入りの脅迫状が、こうして二通も揃ってみると、これはもはや冗談ごとではなかった。 鴨下ドクトル邸の広間に集った捜査陣の面々も、さすがに息づまるような緊張を感じないではいられなかった。 中でも、責任のある住吉警察署の正木署長は佩剣《はいけん》を握る手もガタガタと慄《ふる》え、まるで熱病患者のように興奮に青ざめていた。「もし、検事さん。本官《わたし》はこれからすぐに玉屋総一郎の邸に行ってみますわ。そやないと、あの玉屋の大将は、ほんまに蠅男に殺されてしまいますがな。手おくれになったら、これは後から言訳がたちまへんさかいな」 署長は、ドクトル邸の燃える白骨事件で、黒星一点を頂戴したのに、この上みすみすまたたどん[#「たどん」に傍点]を頂戴したのでは、折角これまで順調にいった出世を躓《つまず》かせることになるし、住吉警察署はなにをしとるのやと非難されるだろう辛さが、もう目に見えていた。彼は全力を挙げて、この正体の知れぬ殺人魔と闘う決心をしたのであった。しかし事実、彼はいくぶん焦りすぎているようであった。「ああ、そうかね」村松検事はそういってジロリと眼玉を動かした。「じゃ、そうし給え。――」「じゃあ、そうします。――オイ、二、三人、一緒に行くのやぜ」 村松検事は、正木署長たちがドヤドヤと出てゆく後姿を見送りながら、帆村探偵の方に声をかけた。「オイ君。君は、ああいうチャンバラを見物にゆく趣味はないのかネ」と、正木署長の一行についてゆかないのかを暗《あん》に尋ねた。

— posted by id at 05:09 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.1800 sec.

http://harlowvts.org.uk/