私の言葉の意味

「私も幾らかは冗談が言へるかも知れんが、」と、醫者は答へた。「今の私の言葉の意味は全く眞面目なのだよ。で、吾々が先づやらなければならぬ事は、君、あの中にはひつてる物をすつかり出して了ふことだ。」 サイラスはノーエル博士の氣位に負けて、その言ふなりになつた。旅行鞄は忽ちそのなかみを吐き出したので、それが床に可なりの山になつて積重つた。そこで――サイラスが踵の方を持ち、醫者が肩の方を支へて――殺された男のからだを寢臺からおろし、そして大分苦心してから、それを二重に折り曲げて、その儘そつくり空の鞄の中に押し込んだ。二人はまた力を併せて、この變つた荷物の上に無理に蓋をした。そして醫者は自分自身それに錠をおろして、綱をかけた。その間にサイラスは鞄から取り出した物を、押入と箪笥とに分けて始末をした。「さあ、」と、醫者は言つた。「これで君を救濟する手だての第一歩は踏み出されたのだ。あす、いや、けふなら尚いゝが、君が借りてる分を皆拂つてやつて、門番の疑ひを鎭めておかなけりやいかんね。併し安全な結果を得る爲に必要な處置をとる事は私に任せるがいゝ。ところで、私の部屋まで來なさい。安全でよく利く麻醉藥を一服あげよう。何をするにしても先づ休まねばならないからね。」 翌日はサイラスの記憶の中で最も長い日であつた。それは到底暮れさうにも思はれない程だつた。彼は一切の友達に會はない事として、ぢつと陰氣に考へ込んだまゝ、旅行鞄を睨みつめて、部屋の片隅に坐つてゐた。彼自身の以前の無分別な行爲が、今度はその通りに彼に酬はれる事になつた。といふのは、例の觀測所が再び開かれて、彼はゼフィリーン夫人の部屋から絶えず覗かれてゐる事に氣が付いたのであつた。それにはとてもやり切れなかつたので、彼はたうとう自分の方からその覗き孔を塞がざるを得なかつた。かうして人に見られる心配が無くなると、彼は後悔の涙と祈祷とで可なりに長い時間を費した。

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