門番は寢衣姿で出て來て

 彼はベルを鳴らした。扉が開いた。門番は寢衣姿で出て來て、彼に燈火を渡してくれた。「あの方はお歸りになつたのですか。」と、門番はたづねた。「あの方? そりや誰の事です。」と、彼は少し荒つぽい調子でたづねた。といふのは、がつかりしたので心がいらだつてゐたからでもあつた。「お歸りになつたのに氣が付きませんでした。」と、門番は續けて言つた。「しかしお拂ひにはなつたのでございませうな。手前どもでは負債をお拂ひ出來ないやうな方はお客樣に願ひたくないのでございます。」「一體全體何を言つてるんだい?」サイラスは荒々しくたづねた。「私には何の事だかさつぱり分らない。」「背の低い、金髮の若い人がお金を貰ひに參りました。」と、門番は答へた。「その方の事を言つてるのです。外の人は入れるなつてえお言ひつけですもの、誰のことを申しませう?」「何だつて、え、そんな者は勿論來やしないさ。」と、サイラスはやり返した。「お目にかゝつてるんだから仕方がありませんや。」門番はひどくふざけたやうな態度をして、頬をふくらませて言つた。「貴樣は無禮な奴だな。」と、サイラスは叫んだ。そして馬鹿々々しく突つ慳貪な態度をしたものだと思つたり、同時にいろ/\な妙な出來事に面喰つたりして、ぐるりと向きをかへて、階段を駈け上り始めた。「では燈火は要らないんですか?」と、門番は叫んだ。 併しサイラスは益※[#二の字点、1-2-22]急いで駈け上つて行つた。そして休まずに七階の踊り場まで辿りついて、自分の部屋のドアの前に立つた。そこで息をついて暫く待つてゐたが、何だか非常に惡い事でもありさうな豫感に襲はれて、殆ど部屋に入るのが恐ろしいやうな氣持になつた。 だが、たうとう這入つて見ると、部屋は眞暗で、見たところ誰もゐない樣子なので、ほつと助かつたやうな氣持であつた。彼は長い溜息をついた。これでまた無事に自分のうちに歸つたのだ。こんな馬鹿げた事はこれが始めでまた終りでなければならない。マッチは寢臺のそばの小さなテーブルの上に置いてあるので、彼はそちらへ手探りで歩き出した。かうして歩き出してみると、彼はまた不安になつて來た。そして足が何か邪魔物にぶつかつた時、それが椅子で、別にびつくりするやうな物でないといふ事を知つて安心した。たうとう彼は窓掛に觸つた。微かに知れる窓の位置から、自分は今寢臺の脚の邊にゐるに違ひないと思つた。そして探してゐるテーブルのそばへ行くには、たゞそれについて手探りで行かねばならないのであつた。

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